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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)5334号 判決 1976年3月15日

原告 金日煉

右訴訟代理人弁護士 田中雅子

同 舘野完

被告 中谷均

右訴訟代理人弁護士 岡安秀

同 宇都宮健児

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  被告は、原告に対し、別紙第二物件目録記載の建物以(下本件建物というを)収去して、別紙第一物件目録記載の土地(以下本件土地という)を明渡し、昭和四七年一〇月三一日以降右明渡ずみに至るまで一か月六〇〇円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行の宣言。

二  被告

主文と同旨

第二主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四七年九月二九日駒坂さだから本件土地を買受けてその所有権を取得すると共に、駒坂の原告に対する右土地賃貸人の地位も承継した。

2  その後間もなく、突然被告が原告方へ来て、椅子にあぐらをかき、あっけにとられている原告に対し、原告が被告に対し法外な地代の値上を要求したと全く身に覚えのないことを申立て、被告は右値上げ要求には絶対に応じないと大声で怒鳴り散らした。ちなみに、原告はその時はじめて被告と出会ったのである。

そして、被告は、貸主である原告に対し、弁済の提供をすることもなく、昭和四七年一二月一三日、勝手に同年一〇月分ないし一二月分の地代(一か月六〇〇円)を供託し、右一〇月分以降の地代の支払を全くしない。

3  そこで、原告は、昭和四七年一一月初めごろ被告に対し、右一〇月分以降の地代については、話合がつくまで従前どおりの地代額を支払うよう求めた上、昭和四八年七月四日被告に対し右不履行を理由として本件土地賃貸借契約を解除する旨意思表示をした。

4  仮に、右解除が認められないとしても、被告は、昭和四八年一〇月分ないし同年一二月分および昭和四九年四月分ないし同年八月分の地代の支払をなさず、これは賃貸借契約書第八項(一)の約定による契約解除原因に該当するので、原告は昭和四九年九月一一日到達の内容証明郵便により被告に対し本件土地賃貸借契約を解除する旨意思表示をなした。

5  よって、原告は被告に対し請求の趣旨掲記の判決を求める。

二  請求原因に対する被告の認否ならびに主張

1  請求原因第一項の事実は認める。

2  同第二項のうち、供託の事実は認めるが、その余の事実は否認する。被告が供託したのは、後記の事情によるものであり、又被告が原告方に行ったのは、昭和四八年に入ってからのことである。

3  同第三、四項のうち、原告主張の日に契約解除の意思表示がなされた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

4  原告は、原告が本件土地を取得する前である昭和四七年九月初旬ごろすでに被告に対し、三年後には右土地を明渡してもらいたいと申入れて来、又原告が右土地を取得した後、被告が再三原告に対し、地代を払いたいので地代領収帳を作成してくれるように申入れて口頭の提供をしたにもかかわらず、坪当り三〇円であった地代を、坪当り四二〇円に値上すると強硬に主張し、被告の右申入に応じようともしなかった。ちなみに、当時本件土地付近の地代は坪当り五〇円位のものであった。

このように、原告は被告を本件土地から立退かせることのみを望み、いたずらに法外な地代値上を求めるばかりであり、明らかに地代の受領を拒絶する態度を示していた。しかも、原告も主張するとおり、本件土地の賃貸借契約には、地代の支払が三か月分滞ったときには契約解除をすることができるとの約定があるため、被告は、このまま推移するにおいては、右条項により契約解除される事態に至ることを危惧し、三か月分の地代の供託に踏み切ったのである。右のとおり、原告は受領を明らかに拒絶していたのであるから、被告のなした右供託は有効であり、被告に債務不履行はないというべきである。なお、昭和四七年一二月一九日原告訴訟代理人から坪当り二〇〇円の値上申入が改めてなされたので、昭和四八年に入り被告が原告方に赴き、地代値上について話合をしたのであるが、話合は不成立に終っている。その後、被告は昭和四八年一〇月分から同年一二月分までの地代は昭和四八年一二月一四日、昭和四九年四月分から同年六月分までの地代は昭和四九年六月二四日、昭和四九年七月分から同年九月分までの地代は同年九月二五日に各供託している。

三  被告の主張に対する原告の認否

原告が被告に対し立退および地代を坪当り四二〇円に値上する旨申入れたこと、被告が昭和四八年一〇月分以降の地代について主張の供託をしたことは、いずれも否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一  原告が本件土地の所有者であり、被告に対し、右土地を賃貸していたこと、被告が昭和四七年一〇月分ないし一二月分の右土地の地代(一か月六〇〇円)を同年一二月一三日供託したこと、昭和四八年七月四日および同四九年九月一一日原告から被告に対し契約解除の意思表示がなされたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  被告は、昭和四七年一〇月分ないし同年一二月分の地代は供託したので、被告に債務不履行はないと主張する。

≪証拠省略≫によれば、以下の各事実を認めることができる。

原告は、昭和四七年九月六日ごろ駒坂さだから、本件土地を含む「六二三番の三宅地三一二・八一平方米」およびその隣地の「六二三番の二宅地五七・二五平方米」を、同地上に建っていたアパート一棟、居宅二棟と共に買受けることになり(但し右六二三番の三の土地上には、ほかに被告ら二名の者が借地権を有し、それぞれ建物を所有していた)、同月二九日その旨売買契約を結び、これを買受けたのであるが、それは、当時原告が経営していたパチンコ店の店員寮の必要に迫られており、又右借地人らを立退かせた上、いずれ右地上に原告の住居を建築する計画をもっていたためであった。そのため、同年九月六日原告の意を受けた原告の使用人であった中川正一らが被告方を訪れ、原告が本件土地を駒坂から買受けたことを告げると共に、原告としては、被告が右土地を立退いてくれることを希望しているので、立退きについて考慮して欲しい旨を申入れた。その後、被告の妻は、右中川ら原告関係者に対し、数回にわたり地代納入のために必要な通帳の作成交付方を求めたのであるが、一か月坪当り三〇円という本件土地の地代は、当時としては不当に安すぎる額であると考えており、又被告の立退をも希望していた原告らは、言を左右にしてこれに応じようとせず、右中川が被告の妻に対し、本件土地の地代を少くとも四二〇円位に値上してもらいたいと考えていると申入れるに至った。このように次々と勝手な申入をしてくる原告の態度に不信の気持を抱いた被告は、被告自身右申入のような高額の地代値上に応じる気持もなかった上、従来の原告側の態度からみて、原告との話合は早急にはまとまらないと考え、とくに本件土地の賃貸借契約には、賃料の支払を三か月分遅滞したときは契約を解除することができるとの約定があるところから、もしこのまま地代の支払を滞らせておくと、右約定により原告から契約を解除されるに至ることを危惧し、原告に無断で、昭和四七年一二月一三日同年一〇月分ないし一二月分の地代計一八〇〇円を供託した。右供託を知った原告は、直ちに昭和四七年一二月二〇日被告に到達した内容証明郵便により、地代を一か月坪当り二〇〇円に値上する旨正式に申入れたが、同時に右書面において、なお交渉により金額の点については考慮の余地があることを述べている。その後原告と被告は一回会い、交渉する機会をもったが、この席上では、被告が原告に対し、従来原告が被告に対しとってきた態度の不当なことを強く責めるばかりであったため、地代値上、立退のいずれの点についても、具体的な交渉に入ることができず、さらに、昭和四八年七月には原告から被告に対する本件土地明渡の調停もなされたが不調に終り、昭和四九年六月本訴が提起されるに至った。

本件土地は、もともと前記駒坂から北角大作が賃借していたものであるところ、被告が北角から右借地権を譲受け、昭和三七年末ごろ同所において、ラーメン店を開いたため、駒坂から無断譲渡として明渡を求められたのであるが、昭和三九年四月一日江戸川簡易裁判所において、裁判上の和解が成立し、被告が駒坂から、賃料は一か月坪当り三〇円、毎月末日限り持参払、賃料の支払を三か月分滞納したときは契約を解除することができるとの約定のもとに借受けることになったのである。その後被告は右地代を略三か月毎にまとめて賃貸人方に持参して支払ってきたのであり、その間昭和三六年ごろ駒坂から地代を一か月坪当り六〇円に値上することを求められたことがあるが、これを拒絶したため、一か月坪当り三〇円のまま今日に至っている。現在本件土地付近の住居用借地の地代は、一か月坪当り一〇〇円ないし一一〇円位のものである。なお、被告は、人手不足のため、現在本件建物のラーメン店を閉店し、右建物を専ら住居に使用している。

以上の各事実を認めることができる。≪証拠判断省略≫

右認定事実によれば、原告は、たしかに被告の地代領収帳の作成方申入にも応じないばかりか、従前の地代額の一四倍にものぼる値上を求めてきたというのであるから、被告が従前どおりの地代を提供したとしても、果してこれを原告が受領したかについては、かなりの疑問が残るのであるが、被告の妻である中谷トヨも供述するとおり、原告自身はトヨに対し、昭和四七年度分については、従前の一か月坪当り三〇円のままで地代を払うようにと述べたこともあるというのであって、前記認定事実からは、未だ原告が地代の受領を予め拒絶していたとまで認めることはできない。被告は又口頭の提供をしたとも主張するが、地代領収帳作成の申入は、たしかに被告に地代支払の意思、能力のあったことを認めるに足りる事情ではあるが、右行為をもって直ちに口頭の提供があったとまでは言い得ないし、原告に受領拒絶がない以上、口頭の提供のみをもって被告は地代債務につき履行遅滞の責を免れることもできず、いずれにしても被告のした前記弁済供託は、供託原因を欠くのでその効力を認めることはできないと言わざるを得ない。

三  そこで、次に昭和四八年七月四日の契約解除の効果について判断するに、被告が前記地代を弁済供託するに至ったのは、前記認定のとおり、被告の申出には応じようともせず、次々に無理な要求を持ち出してくる原告の強硬な態度に不信の念を抱いた被告が、原告との話合が容易につかないと考え、その間に原告から契約違反として契約を解除されることを恐れたためであるというのであり、その上被告が法律知識に詳しくない者であることを考えると、いきなり供託という行為に出たのもやむを得ないとも考えられないではないし(もし原告が坪当り三〇円で地代の支払を求めたとすれば、被告は喜んでこれに応じたであろう)、又本件紛争の最大原因は、原告が本件土地を買入れた後、直ちに被告に明渡を申入れたり、高額の地代値上を求めたりして、被告を困惑させ、疑心暗鬼の気持にさせたことなど専ら原告側の事情によるものであることをも考えると、原告と会った際の被告の態度等にいささか穏当を欠く点があったとしても、それほど強く被告を責めることはできないというべきであろう。

このような事情を考えると、被告には、前記地代債務の不履行について、賃貸借契約における当事者間の信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情があるというべきであり、従って原告の前記契約解除の意思表示はその効力を生じないといわなければならない。

四  次に昭和四九年九月一一日付契約解除について検討する。

≪証拠省略≫によれば、被告は、その主張するとおり、昭和四八年一〇月分ないし一二月分の賃料は同年一二月一四日、昭和四九年四月分ないし六月分の賃料は同年六月二四日、同年七、八月分の賃料は同年九月二五日に同年九月分の賃料と共に、それぞれ供託したことが認められる。

そこで、右供託の有効性について考えるに、前記のとおり、原告は、昭和四八年七月四日賃料不払を理由として、被告に対し本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、その明渡を求める調停を申立て、又昭和四九年七、八月分の賃料が供託された以前である昭和四九年六月二八日には、すでに本訴を提起していたのであって、このような事実によれば、右供託以前において、すでに原告は被告との間の右賃貸借契約の存続を否定し、被告からの賃料の受領を拒絶していたことが明らかであると解するのが相当であるから、被告のなした前記弁済供託は、その要件を充たしており有効といわなければならない。

ところで、前記認定事実によれば、昭和四九年七、八月分の賃料は、昭和四九年九月一一日原告により契約が解除されたのちに供託されているのであり、右解除の意思表示がなされた当時は、右賃料債務は不履行であったことになるのであるが、前記二において認定した各事実のほか、≪証拠省略≫により認められるとおり、被告は昭和四七年一〇月分以降今日に至るまで本件土地の賃料を三か月分宛まとめて弁済供託を続けていることをも考えあわせると、右二か月分の賃料債務の不履行をもって直ちに原告のなした前記契約解除を有効とすることはできないというべきである。

なお、原告が昭和四七年一二月二〇日被告に対し、一か月坪当り二〇〇円に賃料の値上げを求めたことは前記認定のとおりであり、被告が供託している一か月坪当り三〇円という額は、昭和三九年四月以来据置きのままのものであるところ、すでに本件土地付近の地代は坪当り一〇〇円以上になっているというのであるから、右供託額が安きにすぎることは明らかであり、被告自身右供託額が相当な地代と考えているかは、かなり疑わしいのであるが、本件土地をめぐって生じている紛争は、地代の値上げについてではなく、従前どおり一か月坪当り三〇円の賃料の不払による契約解除を原因とする右土地明渡について起こっているのであるから(現に、原告は本件訴訟において賃料相当損害金を一か月坪当り三〇円の計算により請求している)、右供託額が時価に相応していない点については、特に問題とするには足りないと考えられる。

以上の次第であって、前記昭和四九年九月一一日付の契約解除については、被告に債務不履行はないというべきであるから(但し、昭和四九年七、八月分の賃料については前記判示のとおりである)、その効力を認めるに由なく、その余の点について判断するまでもなく、右解除に基づく明渡請求は理由がないといわなければならない。

五  よって、原告の本訴請求は理由がないので失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 福富昌昭)

<以下省略>

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